あれから22年
日航機、御巣鷹山の事故から明日で22年との記事を目にした。
もう22年も経っているんだな、って妙に時間の流れの速さを感じるとともに、まかり間違えば自分も犠牲者になっていたかもしれないとあらためて思い出した。
当時は、東京のゲーム会社に勤めて日本各地を出張することが多く、関空も神戸空港もなく、大阪と言えば伊丹空港のみで、新幹線7割、飛行機3割くらいの割合で大阪に行っていた。事故の当日も実は大阪出張で飛行機が取れずに新幹線で行き、おりしも123便が迷走状態に入った頃にちょうどその下あたりを新幹線で移動していたのは今でも覚えている。大阪に着いてしばらくしてから、ニュースで知らされて背筋が凍り付いた。
衝撃的なニュースも人間は毎日の生活にそんなこともだんだん忘れて行き、ふと御巣鷹山の事故をまた思い出したのが山崎豊子の小説、沈まぬ太陽を読んだとき。読みながら恐ろしくなるとともに悲しい思いにひたったっけ。そして、今日、ふと目にした記事でまた思い出した。
事故に遭われた方は、死ぬこと以上にその時が怖かっただろうでしょうし、家族のことを思いさぞつらく、やりきれなかったことだと思います。考えるだけで、恐ろしく、そして悲しくなります。ただただご冥福をお祈りします。